重松清(以下、重松)
  『バッテリー』に限らず、あさのさんの作品を読むと、話し言葉のリズムにとても気を配っていらっしゃるな、と感じます。特に男の子の「台詞まわし」が自然で、いつもうらやましく感じながら拝読しているんですけど、あさのさんはどのようにしてそれを身につけられたんですか?
あさのあつこ(以下、あさの)
 私にとって少年は、基本的にわからないもの、未知の存在です。男の子を理解して書いているという実感はないですね。
重松
 今でもですか?
あさの
 今でも、です。逆に、わからないからこそ書きたい。
重松
 最初は手探りでお書きになっていたとしても、小中学生だけでなく大人からもこれだけ確かな反響が返ってくると、少しは自信がついてくるように思うんですけど。
あさの
 駄目ですね(笑)。先日『バッテリー』の最終巻を書き終えたんですが、「少年をついに捉えられなかったな」という思いでいっぱいです。
重松
 それは逆にいえば、安易にわかったふりをしてはいけないんだと、あさのさんがご自身に課していらっしゃるからじゃないですか?
あさの
 自分が女であるせいか、どこかに「永久に捉えられない」という思いがあります。
例えば、重松さんの『半パン・デイズ』や『きよしこ』、『かっぽん屋』などに出てくる少年たちは、生き生きとしています。「性」の問題にしても何気ない会話にしても、とっても生々しい。ひるがえって自分の作品を見ると、フィルターを一枚通して書いているように感じてしまうんですよ。
重松
 僕が男であるぶん、よりリアルに見える点はあるかもしれませんね。でもそれって、当の少年たちにとっては認めたくない部分かもしれない。「エッチな気持ちだとか、そんなこと、書いてくれるな」と。僕からしたら「みんな嫌かもしれないけど、でもホントじゃん」ということなんだけど(笑)。一方で、あさのさんの小説を読んでいる男の子たちに聞くと、登場人物たちに憧れを持っているっていうんですよ。同級生にあんな二人がいたらいいな、とか。あさのさんの小説って、等身大なんだけどちょっと格好いいぜっていう、そういう点に小中学生が惹かれるんでしょうね。
あさの
 自分の作品のことはよくわからないんですけど、私自身、少年に対する憧れって、ものすごくあります。
(後略)

〈本対談の全文は、ピュアフル文庫『The MANZAI 1』の巻末に収録されております〉